2026年5月7日木曜日

一緒にされたくないんですけど

 一つ断っておくことがある。


自分は確かに本シリーズやレインボーマンなどの東宝ヒーローが好きではある。

しかしそれもごく限られた作品だけだ。 つまり作品のファンでしかない。

本シリーズ全話レビューのためにだけ、膨大な時間をかけて1話1話見返し文章を推敲していたが

単に好きじゃなきゃやってられないってだけの話である。

#実際ジャスティライザーの時だけは半年以上のレビュー空白期を経て何とか完走させた事実もあった。 好きだからといっても作品によっては見返すのが辛い物すらあった。




ただし、だからといって特撮ヒーロー全部好きではないし、むやみやたらに何でもかんでも追いかけるようなオタクではない。

そもそもウルトラマンも仮面ライダーも大して興味はない。戦隊なんかはいつの間にか終わってたと最近気づいた程度である。

それゆえ自分は俗にいう「特撮(ヒーロー)オタク」ではない。

そんなもんになる素質もないし。


大体、一年分を仮に50本分と考えたら、そして1本をOPED含めて正味25分と考えた場合、

それにダラダラ付き合わされるのはイヤである。 というかだるいし飽きる。

#1クール分観るだけで約6時間半、しかもキャラドラマ進行だけでグダグダ…。いやまあヒーローモノに限らず連続作品ってこうならざるを得ないのだが。


ゴジラであれば映画だし2時間程度なので観ていられるが、連続ドラマでもあるヒーローものの劇場版なんてファン向けのものを観る気は今でもない。

それを踏まえ本題へ入る。



そもそもオタクというものはある人曰く「オタクとは、情報や知識の奇異性・特異性と希少性にしか興味がない」と断じており

自分もこれに同意している。

そしてこの場合の奇異性・特異性は今言える限りでは2つ。

①事件や事故、それを起こした人間に関しての情報や知識をやたら集めたがる

②特撮ヒーローやプロレスなど、(オタク的には)「一般にはウケない、マイナーなモノ」にやたら惹かれる

他にもまだあるのだが、この辺で留めておく。


実際ネット上や現実ではそんなオタクしか居ない。 どれだけ世代が代ろうとも。

もっと言えば自分のオタク観は「オタクとは、インテリ層の一種であり亜種」でもある。

インテリ層そのものが情報や知識の集積ばかりに長けていることを考えてみればよく判る話だろう。

そしてその量だけを誇りたがる傾向があることも。


その知識や情報量を以て誤字や認識違いを指摘(のような揶揄)してくる輩はインターネット普及よりもはるか前から雑誌投書などで数多く居た。

そして、面白いことに彼らが誤字等を指摘している当の文章自体が言わんとすることは一切無視している。


要するに、視野狭窄。 具体的なデータにしか興味がない。 つまるところ単なる揚げ足取り以外しか能がない。


前回の更新はひょっとしたら誰かが「このブログ終わりなんだ」と勘違いしている可能性がある。

そんなことは一言も言っていないのに。

もしそういう人間が居たとして、「最悪止める可能性はある」とは書いたがそれを以てブログを止めるとこちらが言ったと決めつけてるとしたらさすがに

「あの、読解力大丈夫?」と言わざるを得ない。

わざとなのか、意図的なのか、こうした「自分が見たい、刺激的な言葉」にしか目がいかないオタクはほんといまだに多い。 

そんなんが「知性」「理性」「反知性主義」などのどこぞで聞きかじったような言葉を使うのが滑稽でしかない。


そんなわけで自分はオタクにはなれないのである。