これからもずっと音楽で生きていくものと思っていた。
8/5、ネット上のニュースサイトの幾つかで
「三原重夫 肺がんにより死去 66歳」
なる内容のニュースを目にした。
自分にとっては、ジャンルはまるきり違うが拙blogを立ち上げる切っ掛けの一人となっていた人物であっただけに、ショックはあった。
あったが、しかし逝去の約3年前から「もしかしたら」というネット上での動きを当人が見せていたのも見ていただけに、ショックとともにやはりそうだったのかな…という気持ちもあった。
まず、自身が2000年代前半を最後に放置していた「人のケツ見て〇〇年」というHPが突如消えた。
続いて約一年後の2024年11月にルースターズのインタビュー本が出た。
(当時はここまでの流れで「HPで粗方語ってたこととダブるから、あえてHPを消したのかな」とも考えていたが…)
そして2024年12月、Xの更新が止まる。
本人はHPの頃「自分は最初のめり込んでしまうんだけどやがて飽きる。でもその後なんとなく再開して、そうして自分の中に「ソレ」が組み込まれていく」
という事を書いていたし、HPのあとに2010年頃から立ち上げたブログもそんな感じでたびたび休止しつつ続けていたのも知っていた。
♯その時触れていた「ソレ」はHP更新を指していたが、当時ハマっていたらしい釣りに対してもそうだったろう。
ブログの方(人のケツ見てブログ)は2020年くらいで止まったが、これは当人曰く「急に注目される状況に戸惑っていた」からのようで、以降はマイペースな更新に終始していた。2013年頃からだったろうか。
以降はXで思いついた事をつらつら語る形にシフトしていて、近年は音楽とドラムのことを中心につぶやくようにもなっていた。
なので、2024年末を最後に止まった時は「どこか別のサービスで元気にしてんのかな」「Xからちょっと離れたいタイミングかな」などと能天気に構えていたのだが…。
以上の状況証拠から、今年に入って個人的には「実は三原、大病を患って何もできない状態なのでは?」という思いを抱くようになった。
つまり、(その頃から病を患っていたわけではないはずだが)HP消したあたりから結果的に終活に入りつつあったんでは。と。
今、ご遺族からの訃報を見、ネット上でのお悔やみのレスも眺め、改めて思うのは
「自分にポジティブな影響を与えてくれるほどには大切な人だった」
事を痛感させられた。
当人とは一度も顔を合わせたことが無いがネット上での短い会話は2,3度あったので、勝手な想像の部分もあるが
少なくともネット上での発言・会話から見た三原自身は自分から見ると非常に線の細い、社会や世界に対して繊細な部分が強い人物だったように思った。
良くも悪くも拘りが強く、当人の領域でもあった音楽以外のあらゆるものとはうまく折り合いが付けられたのかどうか。
♯その拘りについては創作物に限定すれば「84ゴジラ以降のゴジラを認めない」「ドラゴンボールを偏った見方で否定している」「庵野秀明と同い歳であるが故にエヴァンゲリオンに惹かれた」など。
それでいて実は人懐っこい方だったのではなかったかと。
そして全く縁もゆかりもない他人からの視線にも敏感に反応する程度には、人というものに無関心ではなく、案外に内向的だっただろう。
一方で当人がHPやブログで触れていた文物に自分も影響を受けたし
三原がかかわってきたバンドではザ抜きスターリンの各作品、「最終型Z」ことザ・ルースターズのラストアルバム「Four pieces」、ローザ・ルクセンブルグの1stアルバム「ぷりぷり」に訳もなく惹かれていったのである。
特に「Four pieces」は、CD文庫での出会いではあったが同時に買った「φ」と共に自分をザ・ルースターズへ引きずり込んだ思い出深いアルバムでもある。 まだガキの頃だ。
その「Four pieces」に参加していたドラマーが、三原重夫だった。
歳を経てネットを使うようになってから三原の消息をHPやブログで知って、そうして今に至る。
そうしてローザ・ルクセンブルグとザ抜きスターリンにもハマっていくことになった。
当人は40代から健康について時折触れていたのだが、その中でもいくつかは取り入れている。
HPのコラムやブログにだって幾つか自分の中に入り込んだものがあって、現在の考え方のベースの一つにはなっているものもあった。
特に「高原の理論」には今なお影響を受けている。
繊細だったであろう三原が社会や世界、そして否応なく終わるまで続く人生と何とか折り合いを付けようとした理論だと今更ながらに思う。
楽しいことはいつまでも続きはしないんだから、さっさと日常にお帰り。
そんななら、なるべく多くの楽しいことを味わっていくしかないや、と。
それは仕事についても、遊びについて、何かを創ることについて、日常の中で特にウェイトの高い睡眠について、諸々。
ネット上での発言をなるべく減らす方向に、そして他者のそれを見ることもなるべく減らす方向に・・・ 等々。
楽しい時間を作るために何かを加減する、というのは決して楽ではない。
だがそういう工夫自体もまた楽しいことではないか。
ブログ期のアルコールストーブへのハマり具合にはそういう事にも気づかされた。
そうして、自分の人生観や世界観、社会観などの諸観点へ、現実に自分が体験してきたいろんなものが「組み込まれていく」ことも。
ローザ・ルクセンブルグで斯界に入る仲間の一人でもあったどんと。
HPの追憶どころか晩年期に当たる2012年の吉田豪インタビューにおいて尚「最高のアルバム」とザ抜き期のアルバム「スターリン」を評していた遠藤ミチロウ。
泉下の人となった今、二人と今頃あちらの音楽の世界で楽しくやっていることを願う。
「何時までもしがみついてんなよ。いい加減立って歩け。もういいだろ十分だろ。僕も行かなきゃいけねえし歩いてりゃ嫌でもゴールに着いちまうんだから。さっさと行った行った。ったくしょーがねえなおめえは」
誰かはそういって自分を残して去った。
そして、誰かは様々な何かを残して去った。
まだこの世で音楽にかかわり続けているものだと思ってたのに。