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2026年8月11日火曜日

記憶の壁に吊り下げるものが、また一つ

これからもずっと音楽で生きていくものと思っていた。


 8/5、ネット上のニュースサイトの幾つかで

「三原重夫 肺がんにより死去 66歳」

なる内容のニュースを目にした。


自分にとっては、ジャンルはまるきり違うが拙blogを立ち上げる切っ掛けの一人となっていた人物であっただけに、ショックはあった。

あったが、しかし逝去の約3年前から「もしかしたら」というネット上での動きを当人が見せていたのも見ていただけに、ショックとともにやはりそうだったのかな…という気持ちもあった。


まず、自身が2000年代前半を最後に放置していた「人のケツ見て〇〇年」というHPが突如消えた。

続いて約一年後の2024年11月にルースターズのインタビュー本が出た。

(当時はここまでの流れで「HPで粗方語ってたこととダブるから、あえてHPを消したのかな」とも考えていたが…)

そして2024年12月、Xの更新が止まる。



本人はHPの頃「自分は最初のめり込んでしまうんだけどやがて飽きる。でもその後なんとなく再開して、そうして自分の中に「ソレ」が組み込まれていく」

という事を書いていたし、HPのあとに2010年頃から立ち上げたブログもそんな感じでたびたび休止しつつ続けていたのも知っていた。

♯その時触れていた「ソレ」はHP更新を指していたが、当時ハマっていたらしい釣りに対してもそうだったろう。

ブログの方(人のケツ見てブログ)は2020年くらいで止まったが、これは当人曰く「急に注目される状況に戸惑っていた」からのようで、以降はマイペースな更新に終始していた。2013年頃からだったろうか。

以降はXで思いついた事をつらつら語る形にシフトしていて、近年は音楽とドラムのことを中心につぶやくようにもなっていた。

なので、2024年末を最後に止まった時は「どこか別のサービスで元気にしてんのかな」「Xからちょっと離れたいタイミングかな」などと能天気に構えていたのだが…。


以上の状況証拠から、今年に入って個人的には「実は三原、大病を患って何もできない状態なのでは?」という思いを抱くようになった。

つまり、(その頃から病を患っていたわけではないはずだが)HP消したあたりから結果的に終活に入りつつあったんでは。と。

今、ご遺族からの訃報を見、ネット上でのお悔やみのレスも眺め、改めて思うのは

「自分にポジティブな影響を与えてくれるほどには大切な人だった」

事を痛感させられた。


当人とは一度も顔を合わせたことが無いがネット上での短い会話は2,3度あったので、勝手な想像の部分もあるが

少なくともネット上での発言・会話から見た三原自身は自分から見ると非常に線の細い、社会や世界に対して繊細な部分が強い人物だったように思った。

良くも悪くも拘りが強く、当人の領域でもあった音楽以外のあらゆるものとはうまく折り合いが付けられたのかどうか。

♯その拘りについては創作物に限定すれば「84ゴジラ以降のゴジラを認めない」「ドラゴンボールを偏った見方で否定している」「庵野秀明と同い歳であるが故にエヴァンゲリオンに惹かれた」など。

それでいて実は人懐っこい方だったのではなかったかと。

そして全く縁もゆかりもない他人からの視線にも敏感に反応する程度には、人というものに無関心ではなく、案外に内向的だっただろう。

そんな側面のあった三原が、ドラムを通じて己の人生、世界・社会とかかわっていく唯一の「替えの効かないもの」としてドラムと音楽を終生だいじにしてきたのは間違いがないことだと今は思う。

HPのコラムではこんなことを云っていたくらいだ。

「僕は音楽に驚かされたい。」「スネアの音だけで飛べる。」と。

♯その一方で「音楽が社会にどうかかわるかなんて考えたことがない」「(ザ抜きスターリン当時)ビジネスに関わるという事を意識していなかった」

♯「音楽の形式を意識したことがなかった」と、自分と社会や世界の関わりが希薄だったことすら率直に述べても居た。 「エヴァンゲリオン好きそうな感じでしょ」と自虐する如く。


一方で当人がHPやブログで触れていた文物に自分も影響を受けたし

三原がかかわってきたバンドではザ抜きスターリンの各作品、「最終型Z」ことザ・ルースターズのラストアルバム「Four pieces」、ローザ・ルクセンブルグの1stアルバム「ぷりぷり」に訳もなく惹かれていったのである。

特に「Four pieces」は、CD文庫での出会いではあったが同時に買った「φ」と共に自分をザ・ルースターズへ引きずり込んだ思い出深いアルバムでもある。 まだガキの頃だ。

その「Four pieces」に参加していたドラマーが、三原重夫だった。

歳を経てネットを使うようになってから三原の消息をHPやブログで知って、そうして今に至る。

そうしてローザ・ルクセンブルグとザ抜きスターリンにもハマっていくことになった。


当人は40代から健康について時折触れていたのだが、その中でもいくつかは取り入れている。

HPのコラムやブログにだって幾つか自分の中に入り込んだものがあって、現在の考え方のベースの一つにはなっているものもあった。

特に「高原の理論」には今なお影響を受けている。

繊細だったであろう三原が社会や世界、そして否応なく終わるまで続く人生と何とか折り合いを付けようとした理論だと今更ながらに思う。


楽しいことはいつまでも続きはしないんだから、さっさと日常にお帰り。

そんななら、なるべく多くの楽しいことを味わっていくしかないや、と。

それは仕事についても、遊びについて、何かを創ることについて、日常の中で特にウェイトの高い睡眠について、諸々。

ネット上での発言をなるべく減らす方向に、そして他者のそれを見ることもなるべく減らす方向に・・・ 等々。

楽しい時間を作るために何かを加減する、というのは決して楽ではない。

だがそういう工夫自体もまた楽しいことではないか。

ブログ期のアルコールストーブへのハマり具合にはそういう事にも気づかされた。

そうして、自分の人生観や世界観、社会観などの諸観点へ、現実に自分が体験してきたいろんなものが「組み込まれていく」ことも。


ローザ・ルクセンブルグで斯界に入る仲間の一人でもあったどんと。

HPの追憶どころか晩年期に当たる2012年の吉田豪インタビューにおいて尚「最高のアルバム」とザ抜き期のアルバム「スターリン」を評していた遠藤ミチロウ。

泉下の人となった今、二人と今頃あちらの音楽の世界で楽しくやっていることを願う。



「何時までもしがみついてんなよ。いい加減立って歩け。もういいだろ十分だろ。僕も行かなきゃいけねえし歩いてりゃ嫌でもゴールに着いちまうんだから。さっさと行った行った。ったくしょーがねえなおめえは」

誰かはそういって自分を残して去った。

そして、誰かは様々な何かを残して去った。  

まだこの世で音楽にかかわり続けているものだと思ってたのに。

2025年3月22日土曜日

かつて、コナミは旧タカラの株主だった。

 この更新は、2000~2005年当時コナミが旧タカラとの資本提携を行っていた頃を思い出し、

ふと感じた疑問を書き留めておこうという意図で作成したものである。

なお本更新の下書き自体は2023年末に既に作られていたのだが、色々あって今の今まで塩漬けにしていたものであることをご了承願いたい。



2024年3月7日木曜日

十年分の更新を考える

 ようやく拙blogが10年目という目出度い?節目を過ぎ、そろそろ11年目も過ぎようとしている。

この間、個人的にも中々に激動の時期を幾つか迎えていた。

レビューは、今思えば余裕のあるうちに完遂出来て良かったと今でも思う。


そうこうしているうちに超星神グランセイザー20周年ということであろうが、講談社から刊行されているムックシリーズにて本シリーズが取り上げられることとなったらしい。

あまり内容には期待していないが。 ページ数少ないし・・・。

#意外だったのは、ガイファードに対する著作権表示にカプコンがちゃんと表記されている点。 コナミが省かれている本シリーズを考えると中々興味深い。

#制作委員会形式なのは百も承知ではあるのだが…。

なお当該ムックを読んでの改めての感想・批評は今後行う予定である。



2022年8月22日月曜日

三年計画のなぞ

 超星神シリーズでよく知られている噂として

「コナミが本シリーズの為に3年、枠を押さえた」

というものがあり、自分も当時のその噂を本当の話として捉えて、拙blogの各記事にも書いている。



2021年2月10日水曜日

遠い記憶からジワジワと引き起こされた謎と疑問が、樹脂のように溶けだしては色あせ残った

「超星神シリーズコンプリーション」、二度目の延期だそうな。

正直なところこの後また延期するようなら予約を解除しようかと思うこの頃。


2019年3月25日月曜日

「子供」を持ち出す情けない「大人」

まあタイトル通り。
なのだがもう少し具体的な話で言うならば

「なぜ子供向け番組を好んで観てる大人は、番組の感想をいう時などに子供を持ち出してくるのか?」
というもの。