2017年9月18日月曜日

90年代・VSの時代

今回は超星神シリーズから離れた更新であることをあらかじめお断りする。
あと話が長いのはいつものことであることもお断りしておく。


本更新のメインは、自分が10代の青白い時期を過ごした時代の話である。



90年代、特に1999年ごろまでの各娯楽産業・・・ 主にビデオゲーム、漫画、アニメ、ポップス、映画興行やプロレスなどのプロスポーツ興行が
良くも悪くも暑苦しいくらいまで熱気のあった時代ではあった。
これらは時に「メディアミックス」という形で相互に影響を及ぼしあい、今なおこの手法については
「コラボレーション」という形も取り込みながら健在である。


さて、表題について。
これは自分が当時その時代に身を置いたボウヤとして・・・ しかも何でもかんでも手を出すボウヤとして、今だに振り返って一番強く残る概念である。

----------------------------------------------------------------

VSとは大雑把に言えば「対決・対立」であるが、まず拙blogに沿ったところから触れれば
東宝の「平成VSシリーズ」を挙げない訳にはいくまい。
今更細かい説明は不要だろうから、知らないという人は各自調べていただきたいが
端的に言えば「1年毎に、ゴジラが東宝の著名怪獣やゴジラと関わりのある新怪獣と戦うシリーズ」ではある。
特に「ゴジラVSキングギドラ」から「VSデストロイア」までの5年間を90年代のVSシリーズとして、この記事で扱うことにする。
#「VSビオランテ」を入れてもいい気がするが、上映が89年末なのであえて除外。
この頃は東宝および直営映画館にも多大な利益を産み落としたそうで
全シリーズの観客動員数が「シン・ゴジラ」に抜かれるまで平成のトップだった「VSモスラ」もこの時期のものである。

「光線ばっかり」「見た目だけで内容がない」「怪獣プロレスの欠如」などと否定されるVSシリーズだが、
しかし結果的には新しいゴジラのヴィジュアルイメージの確立と「ゴジラの細胞」という要素が
「シン・ゴジラ」に至るまで形を変えて扱われることになるなど
VSシリーズの遺した要素はいまだに受け継がれているし、
VSシリーズのみ、「84ゴジラ」から連綿と続くストーリーラインを持たせたことで
シリーズとしての統一感を持たせたのは大きかった。

内容が子供向け・・・などという意見もあるものの、そこを否定するのもナンセンスではなかろうか。
そもそも家族で観られる映画を狙ってたのだろうから。
人間ドラマの部分がかったるい、という作劇の批判や設定をあげつらうのならまあ判らんでもないが。



特撮ヒーローでも、96年リリースの「オーレVSカクレンジャー」という、今でも続いている東映戦隊シリーズのVS企画が発進。
また、これ以前にも東宝との資本関係を解消した直後の円谷プロと東映による、ウルトラマンと仮面ライダーをクロスオーバーさせた企画ビデオ「ウルトラマンVS仮面ライダー」が93年にリリースされている。
このように、特撮方面では以上3つの「VS」が登場していた。 



----------------------------------------------------------------


そして、プロレス界においても「VS」が繰り広げられていくことになった。

90年代にプロレスファンを沸かした全日本プロレスの「プロレス四天王」
新日本プロレスの「闘魂三銃士」がその象徴とも言える。
彼ら自身に共通していたテーマとしては「旧世代とのVS」というものが当初は強かったが、
四天王も三銃士もそれぞれライバル会社同士であることから、主にファン側から
「どっちが強いのか?」という疑問が、話のネタとして挙がることはままあった。
それほど彼らの注目度は非常に高いものであったし、お互いに意識していたのも事実である。
#結果、2000年代に入って実際にいくつかの組み合わせで四天王VS三銃士が行われることとなる。

と、同時にこの頃は主に新日本プロレスが行っていた「団体対抗戦」という「VS」が、
プロレス界に激震を走らせることとなる。

先に挙げた特撮方面と違い、メディアを積極活用(プロレス誌、スポーツ誌)していたこのムーブメントは
当時もっとも勢いと熱気のあった興行と言っても差し支えないのでは、と思われる。
何故なら特撮誌は当時「宇宙船」しかない上に季刊であったからである。
#幼児向けテレビ誌のテレビランド、テレビマガジン、てれびくんは月刊。
まあ、VSシリーズは制作決定ごとに過去作品を再放送したり「今作のゴジラは何処に上陸する?(どこを壊す?)」
という部分で情報番組に取り上げられることもあったが。
一方プロレスは「週刊プロレス」「週刊ゴング」「週刊ファイト」もあれば東スポなどのスポーツ誌もあり、
このへんの情報伝達速度の差は大きい。
特撮方面のオタクにわかりやすく説明するなら、
毎週プロデューサーや出演者、監督、脚本家や他スタッフのインタビューが確実に読める環境があるということである。 あと撮影レポとか。
#現実的ではないのは百も承知ですが、そういうことにしてください。


特に新日本プロレスとその傍流であるUWFインターとの「全面対抗戦」は、
各陣営がそれぞれメディアを通じて舌戦を繰り広げ、直接対決への熱気を高めていたのだが
これ以前にも新日側はジュニア八冠(他団体のベルトを巻き込んだ一大タイトル戦企画)があったり、
さらにUインターと並行するようにWARとの対抗戦など、 「VS」の概念をこの時代の各娯楽の中でもっとも有効活用していたのだ。
そして後々にネタ扱いされることとなる、大仁田厚による電流爆破デスマッチを受け入れるかどうかの
新日側との衝突という、 イズム的な意味での「VS」も存在するのが90年代末期である。


一方の全日本プロレスは、対抗戦という形をとらず「選手派遣」「他団体からのシリーズ参戦」という形での穏やかな交流を主としていた。
新日の対抗戦路線と比べると刺激は皆無・・・とは言えるものの、当時の全日が鎖国体制を敷いていたことを思えば
90年代後半からのこうした一部門戸開放政策は、時代の流れを自分たちなりに取り入れた結果と言えるし
同じ「VS」といえども違う形がある、という事実は大きい。
新日が団体ごとのVSメインなら、全日は個人のVSメインといえようか?


----------------------------------------------------------------


さらにビデオゲームの世界でも「VS」の概念は広まる。

91年にアーケードで爆発的なムーブメントを呼び起こしたカプコン・「ストリートファイターⅡ」から
「対戦格闘ゲーム」というジャンルが本格的に台頭することになる。
#勃興、としなかったのは、80年代にも対戦型のゲームはいくつか存在していたからである。

特に92年に登場したマイナーチェンジ版の「ストリートファイターⅡ’」において、
それまで都心部などで試みられていた「二台の筐体を背合わせで、ハーネスによって通信対戦を行う」システムが本格的に広まる。
#ストⅡ当時の筐体は、一台のコンパネで二人用対戦が出来る・・・ ようするに相手同士並んでの対戦となっていた。

この対戦システムによってストⅡシリーズは大きく躍進。
さらに(旧)SNKによるMVSおよびその家庭用となる「NEOGEO」で登場した「餓狼伝説シリーズ」
「ワールドヒーローズシリーズ」「龍虎の拳シリーズ」「サムライスピリッツシリーズ」が登場。
なおそれぞれのシリーズ1作目が91~93年に集中しているのだが、
この時期はナムコやコナミ、セガなど競合他社も対戦格闘ゲームを発表。 よくあるジャンル確立期における乱立の時代である。
特にセガは「バーチャファイター」で3D格闘ゲームというもう一つの大きな流れを生み出すことに成功している。


さて、ビデオゲームの世界・・・ 対戦格闘ゲームは、そのゲーム自体も「VS」が重要な要素になっているが、
ゲーム自体も先述した2大ジャンルと同じく「VS」の概念を大いに活用していたことを忘れてはいけない。
その一発目が「餓狼伝説SPECIAL」における、最後の「挑戦者」・・・ 「龍虎の拳」の主役であるリョウ・サカザキの「乱入」である。
ようするに同じSNKの格ゲーからのゲスト参戦に過ぎないのだが、これは当時非常に驚かされた。
今でも格ゲーで印象深い出来事と言えばこれを挙げる人もいるんじゃないだろうか。
#当時はADKの「ワールドヒーローズ」からの出場も検討されていたと、「ALLABOUT餓狼SP」でスタッフが述べていた。

そして94年にはSNKの運命を大きく動かすことになる「THE KING OF FIGHTERS」シリーズが始動。
これは先の餓狼シリーズや龍虎シリーズに加え、格闘ゲームじゃない「サイコソルジャー」「怒シリーズ」(共にSNK往年のタイトル)からキャラを持ち出し、
さらに「3on3のバトル」の要素により、当時家庭用も含め乱立していた格闘ゲームの流れにおいて
強大な存在感を発揮していたのである。


この流れに、ムーブメントを興した当のカプコンが黙っているわけもない。
当時マーヴルの「X-MEN」を用いた格闘ゲームに、ストⅡシリーズから「豪鬼」を登場させるなど
露骨にSNKを意識した展開を行っていたが、これが後々の
「X-MENVSストリートファイター」(96年)さらに発展して「MARVELVSCAPCOM」シリーズへと繋がることになる。

このように互いに影響しあったカプコンとSNK。
彼らがついに「CAPCOM VS SNK」シリーズであいまみえることになるのは、2000年のことであった・・・。
#奇しくも先に述べた新日本プロレスと全日本プロレスの対抗戦も、2000年である。


家庭用においては任天堂の「大乱闘スマッシュブラザーズ」が登場。これもさきのSNKのように
自社キャラクターを一堂に介しての「対戦格闘ゲーム風対戦ゲーム」として登場。
これはシリーズ化し、他社キャラクターの参戦でさらに度肝を抜くこととなるがそれは2000年以降の話。
あえて対戦格闘ゲームの枠組みで語るならば、家庭用ゲームで最も成功したシリーズではないだろうか。

パズルゲームにおいては「ぷよぷよ」シリーズが、対戦という部分を強調して登場したことで
これも一つのジャンルを作り上げたことを追記したい。

さらに、現在も続くトレーディングカードゲーム(TCG)というジャンルを生み出した
「マジック・ザ・ギャザリング」 の登場と、
日本においてコナミが発売した「遊戯王OCG(オフィシャルカードゲーム)」シリーズ、任天堂の「ポケモンカードゲーム」シリーズなどによって
実物のカードを用いた対戦ゲームがこれまた爆発的に広まったのもこの時期である。
#遊戯王については当時のイベントで限定カードが足りなくて全員配布不可というトラブルがニュースになったのを覚えている。


もっとも対戦格闘ゲームブームは、プレイヤー同士のリアルファイトという問題も生み出したが・・・。
#ビデオゲームの対戦はどうもボードゲーム等と比べてもケンカになりやすい気がする。


また、当時は格闘ゲームでなくても(主にゲームマスコミのおふざけ企画で)
ドラゴンクエストVSファイナルファンタジー だったり スーパーマリオVSソニック・ザ・ヘッジホッグ
だったりと、有名シリーズのVSネタが紙面をにぎやかすこともあった。
#震源地はファミコン通信だったような記憶もあるが、いかんせんあやふやである。

このように、ビデオゲームの世界でも「VS」の概念が広く、根強く伝播していたわけである。
もっとも、80年代からは主にアーケードでは「セガVSコナミ又はナムコ」「コナミVSナムコ」
というような構造もあったり、いまいち触れにくい話だが、主にファン間で盛り上がっていた
家庭用ハードの派閥論争もあったりと、 良くも悪くもビデオゲームの世界は「VS」の概念が色濃い土壌が元々あったとは言える。
#8bitPCまで話が広がるところなのだが、触れると長くなりすぎるので割愛。各自調べていただきたい。


----------------------------------------------------------------

さて、ここに一見似つかわしいジャンルとして「ポップス」「タレント」が入ってくる。
ここでいうポップスはもちろん邦楽、今でいうJ-POPである。

え?なんで?と思われる方も多いと思うが、実は音楽番組やバラエティ番組、
週刊誌や今でいう「サブカル誌」的な雑誌などで盛んに「VS」の概念が用いられていた。


主に雑誌では各ミュージシャンやタレントの人間関係を図で表してみたり
芸能ニュースに強い週刊誌なんかでは「誰それは競演NG」という図式を強調してみたり
また楽屋での出来事でさらに受け手側に「ああ、この人とあの人って仲悪いの」と印象を刷り込んだりしていたものである。

ミュージシャンについては「シャ乱Q VS ウルフルズ」という図式を当時のHEY!HEY!HEY!などで
妙にアピールしていたのが印象に残っていた。
二つのバンドは結成こそ同じ大阪だが、デビューの形がTVの新人バンド発掘企画(シャ乱Q)と
レコード会社のオーディションだかスカウト(ウルフルズ)という違いを強調して
ことさら「VS」感を煽っていたのが今でも記憶に残っている。
あとはスピッツVSミスターチルドレンってのもあった記憶がある。

ただこのミュージシャンVSという図式は、サブカル誌や情報誌などで盛り上がっていただけだが、
当人たちはともかくファン同士の無駄な意識のし合いを誘発する程度で終わったものである。
・・・まあ、血の気が多い時期に見たら、そうなるのも頷けるし
自分の当時の友人もこれにまんまと引っかかったクチであった。
#もっとも実際のVSとして、桑田圭祐と長渕剛、矢沢永吉というのはあったが。


タレントに関しては多すぎていちいち全部触れないが、特に記憶に残っているのは
ダウンタウンVSとんねるず というもの。
これも主に雑誌で見る構図ではあった。
当時はお互いフジテレビと日本テレビで冠番組を持っていた上に、関西芸人VS関東芸人という
地域で分けられる判りやすさのせいで、今なお根強い対立構造として記憶される。
#実際は当人同士それほど対立してるわけじゃない、というコメントも散見されるが。

今ほどでもなかったものの、当時は吉本芸人の台頭がダウンタウンを中心に目覚しかった時期であり
当時の在京芸人およびメディアにとっては奇異の目で見られていただろうことは想像に難くない。
と同時に、上記三つの娯楽ジャンルで強調された「VS」の概念が入り込みやすい状況だったことは
両者にとっては不幸だったのかもしれない。

なによりこの二者対立構造、それぞれの番組スタッフとの関係性まで網羅して
「誰それの絡みで、ダウンタウンorとんねるずはこのスタッフの番組に出ない」
という観念を刷り込んだりする雑誌もあったりと、 冷静に考えたらそこまでやるほどのモンかね・・・
といわずにいられなかった。


そういや「ダウンタウンのごっつええ感じ」の初期に
「誰々と誰々はどっちが強いのか?」なんて企画コーナーもあったっけなぁ。
ブルース・リーとジャッキー・チェンはどっちが強いの?とかそんなんを視聴者がハガキに書いて送ってくるのだが、
それぞれにコスプレした二人がなんかセットでゲームやるとかそういうものだった。

「浅草橋ヤング洋品店」での故・周富徳と金萬福他とのお料理対決だの、
「TVチャンピオン」の、あらゆるジャンルのエキスパートの対決だの、
「ラスタとんねるず」や「料理の鉄人」だの・・・
テレビ番組でも実にいろんなVSが行われていたものであった。

あとまあ、新興プロスポーツ興行としての「Jリーグ」が、同じく「プロ野球」と比較されたりしたくらいかなぁと。
少なくとも受け手サイドの話として「どっちが面白い?」という話はたびたび聴いたものである。


----------------------------------------------------------------

ここまで書いてみて「それ単にあなたがそういうモノばかり見てるorそういう風に見ているだけでは?」と思われる方もいるかも知れない、とは思った。

が、しかし。 自分が10代の頃に一通り触れてきた娯楽ジャンルは
(芸能やミュージシャンのはまあ蛇足感あるかもわからんが)
大抵この「VS」の概念を強調し、その結果今なお概念が生き続けている事実を思うと
けして自分自身の見方の問題ではなく、明確にそんな時代だったと言い切れる。

大体東映なんかも今や戦隊とライダーを戦わせたりした程である。
ゴジラも、ハリウッドでVSネタをやろうとしているのだから。
MARVEL VS CAPCOMシリーズも今また新作が出るし、
プロレス界も他団体との交流の形で続けているようである。
このように、VSの概念が根強く残ったジャンルは、恐らくその「魔力」にずっと取り付かれていくことであろう。


漫画は残念ながらあまり「VS」が根付かなかったし、アニメにおいては
テレビ朝日が当時放送していたアニメ(原作の会社も、アニメ制作会社も全部違う)のキャラを一つの番組で集めた企画番組を行う程度で終わっているなど
この二つに関しては、いろいろ面倒な部分で「VS」しづらかったのだろうなぁとは今更ながら思う。
#漫画は大抵「共作」の形で作者の違うor同じ二つ以上の作品が合体するケースが散発的に行われた。
#そこを考えると近年の「ルパンVSコナン」がいかに特異な出来事であるかが良くわかる。奇しくも東宝と関わりのあるシリーズ同士でもあったし。


サンデーVSマガジン というのは後年両誌50周年「コラボ企画」として色々やってたがその程度で済んでしまっている。
まあ、今明確にVSネタをやるのは受け手側もノリにくい時代なんだろうなぁ・・・ とも、思った。
個人的には CAPCOM VS SNK で、こうした路線には自分の中で一つのピリオドが打たれたとも思うし。
#当時カプコンとSNKのVSそのうちやるんじゃね?なんて高校時代仲のいい友人に話したものだった。
#んなわけないでしょー、と笑われたが果たして実現してしまって内心笑ってしまったものだ。
#まあ、当然の帰結とも思っていたしね。


要するにこの更新で言いたいことは、90年代という時代は
「同時多発VSムーブメントの時代」だったということ。
それは、決してまじわることのないはずの各ジャンルたちの、奇妙な共振と時代の必然とが生み出した奇蹟だったのかも知れない。
ちっともスイングしなかったVSも中にはあったにせよ、である。


----------------------------------------------------------------

最後に妄想。

個人的には「コロコロコミックVSコミックボンボン」は、生きてるうちにインタビュー企画の形で是非読みたい。
企画の焦点どこなのよ?と言われても困るが、ただ単純に読みたい。
編集者や作家のVSインタビューなんかは読みたい。
売り上げのデータとか要らないから。
取り上げる時期は80年代中盤~90年代中盤までだけでいいから。

「80年代ホビー大戦」と自分が勝手に考えてるあの当時の、ガキたちを相手にしていた大人たちの証言を読みたい。
プラモがあり、ラジコンがあり、テレビゲームがあり、おまけシールがあり、ロボットがあり
様々なもののごった煮だった、あのカオスだったが熱気のあった時代のことを改めて振り返りたい。
当時まんまとハメられたガキの一人として、切に小学館・講談社にはこの企画を実現していただきたいものである。
あとタカラトミーやバンダイ、タミヤやロッテ、明治とか巻き込んでね。

無論各誌の漫画家の対談も読みたい。これは時期は関係なくてもいいから。
生きてたら藤子F先生と富野の対談(つまりドラえもんVSガンダム)なんてのも見てみたかったもんだが。
かみ合わんだろうなぁ、と思いつつ・・・。

いやまあ、別に第三者の出版社でもいいんですけどね。