2013年12月1日日曜日

超星神シリーズと特撮とオレ【6】

幻星神ジャスティライザー。

思えば自分が様々なTV番組を視聴してきた中で、初めて「関連商品」を買った作品であった。
それは前作グランセイザーで満足した上に、なおも次作まで作ってくれたという事に対する
個人的な恩返しのつもりというのもあれば
単純にグランセイザーよりデザインが好みだったというのも大きかった。

その時点でいいトシしていたので、買ったものはアクショングレードの初期三人のみ。
のちのちシロガネとデモンナイトも買ったのだが、当時の商品にしては可動なども悪くなかった。
細かいギミック(グレンソードの、ブレイジングフレイム発動時の柄の回転など)は省かれていたが
それでもおおむね満足のいくモノであった。

#これが後々、他の作品やオリジナルのアクションフィギュア・玩具収集に繋がっていくことになる。
#もっともその時は、そうなろうとは全く思いもよらなかったわけで。

それくらい、ジャスティライザーにかける期待は大きかった。
事実初期数話は地味ながらわりとオーソドックスなヒーローものらしい話の造りもしていたため
「これからどうなっていくのだろうか」という期待感は、過去の戦隊モノなどと比べても
相当のものを持っていた自分がいたのは事実である。
(実際東映作品は、長くやってるせいもあってかある程度見てるほうも今後が読めてしまうところもあったし。)

しかし、そうした想いは空しくも回を追うごとにしぼんでいってしまう。


何よりもカイザーハデスの復活が早すぎる。 ステラプレートの存在意義があまりに「敵側に一方的」過ぎる。
そして復活後に敵幹部が入れ替わり、デモンナイトという敵も登場したにも関わらず
あまりにも敵側の作戦になんの起伏もない。 
自分から見て、どうにも「悪い奴がやってきたから、ジャスティライザーが戦ってやっつけました」という風にしか
見えない展開がずっと続いてしまっていたのが辛かった。
カイザーハデス復活の第二クール中盤からずっとだった。

デモンナイトが味方になったのはいいとしても、問題はその後。
カイザーハデスをあっけなく殺してしまった。
その次の回では、今度は兄と言われる魔神ダルガの登場。
あまりに「しょっぱすぎ」である。

ダルガ登場からは、元グランセイザーのメンバーがゲストで登場するも装着はなし。
(これは本編を見てればそうなるのも納得らしいのだが…)
その上グランセイザーではストーリー上の軸のひとつを担っていた国防省が第四クールになってようやく関係者が現れるという始末である。
最後の敵幹部の作戦にいたるまでも、やはり内容に何の緊張感も無く、どうにもルーチンワークの戦いを見せられてる感が強い。
終盤のクロガネ登場に至っては、まるで感心すらしない有様となっていた。
「とりあえず早く終わって次に行って欲しい」というのが当時の率直な気持ちであった。
こんな気持ちは東映の戦隊モノを見てた時ですら抱かなかったのだが。


本作ほど今に至るまで思い入れが強く、またその落差で落ち込んだ作品もない。
ようは愛憎半ばするといったところだ。

当時レビューしていたブログやHPなどを、今見返しても… ほとんどの管理人がほぼサジを投げている有様だった。
普通、何かしらの美点がありさえすれば「それでもきっと良くなるはずなんだ」という期待感をもって
見続けられるものであるのだが…。
では、誰もが認めるこのシリーズの美点「特撮」では無理だったのかと言えば
正直無理があったんじゃないかと認めざるを得ない。

特撮だけが頑張っていても、「ヒーローもの」というジャンルである以上は「ヒーロー」そのものと、「悪役側」の魅力がなければどうしようもないということだろう。
そもそもヒーローものを客観的にみた場合、妙ちくりんな姿かたちのヒーローと悪者の戦いという状況自体が非現実である以上
それらキャラクターの戦いという構図に説得力を持たせるなり、それが出来ないにしてもある程度は
戦いに意味づけを持たせるか、毎回何かしらの作戦の起伏はあってしかるべきだろう。
そういう点ではグランセイザーは(雑ながらも)出来ていたのだが…。
あるいは東映作品みたいに、テーマを先に提示して視聴者にイメージを植えつけた上での作品製作という手もあったが
この手法は長い寿命を誇るキャラクターやシリーズを持っていない限りは無理がある。


川北紘一をはじめとしたスタッフも、おそらくそれを途中で気づいてたのだろう。
中盤から翔太たちの行動をギャグめかせてみたりしたのは、川北いわく「真面目すぎると言われた」ことへの回答とは思うのだが…。
どちらかと言えば、敵の地球攻撃作戦そのものに観ている側が引き込まれるものが無いというのがそもそもの問題であったはずだ。
せめて、カイザーハデスと過去の戦いの関連付けをもっとしっかりした上で様々なインネンを提示したり
その上で最後まで生き残らせて倒させればまだマトモなヒーローものの形を保てただろうに。
そして、ヒーローものそのものの分析がないまま終わってしまったのがジャスティライザーではなかったろうか。

しかし当時はそこまで考える余裕もなく、ただただ「退屈な」ジャスティライザーの終盤を消化していた。
ジャスティライザー映画化決定!という告知も空しく響いていた。
そしてある回の次回予告後、こんな告知が流れる。
「10月からは新番組・超星艦隊セイザーX!」