2015年5月5日火曜日

セイザーX中間総評:宇宙海賊デスカル編

ここでは、「超星艦隊セイザーX」第一話~第十二話までをおさらいしつつ
中間総評を行う。


【キャラクタードラマ、ストーリー共に強化される】

今作はシリーズ三作内でもっとも評価が高いことが知られるが、その要因としては
「キャラクターが立っていて、かつドラマも見どころが多い」
「ストーリーは未来と現代を股にかけており、複雑さを持ち合わせる」
といったものが挙げられる。

まずキャラクターだが、拓人をはじめとした現代側人物はその登場人物を安藤家の5人に絞ることで、今作の物語への集中が散漫になりづらくなっている。
一方で未来側の人物は多い。
シャークをはじめとしたセイザーX側はレミー、アド、ケイン、ツインセイザー、ゴルドだがこれは今後も増えることとなる。
一応現代が舞台だが、物語としては未来人主体のストーリーであるからだろう。

そして拓人やレミー、アド、ケインのキャラクターも初期回でしっかり提示しきっていた。

拓人はF1レーサーになる夢を持ち、祖父・宗二郎に認めてもらおうと奮闘する青年。
彼個人が持っているテーマ「宗二郎からの精神的な別離と自立」が、このシリーズで描かれている。

アドはビオード星の代表としてセイザーXへ参加、戦うことしか知らない彼はその使命を誰よりも冷酷なまでに強く意識しており、
そのシビアさからしばしば拓人と衝突している。
ケインはもっとも文明の遅れた星・ラディ星からの代表。 のんびり屋で一見使命に対して無頓着そうだが、
やるときはやると度々口にしているように行動力はある。
さらにエンジニアとしての才能もあり、しばしば宗二郎と何かを作っている。

レミーは元々は何処かの星の人間のようだが、この時点ではまだ語られていない。
ただ、シャークに引き取られてからルーエ星の人々にさらに引き取られるなどしており
複雑な身の上が暗示されているようだ。

また、ツインセイザーやゴルドといった副官はまだこの時点でははっきりバックボーンを描かれていない。


シャークに関しては、元々未来を支配している者(ネオデスカル)の部下・・・ワームホールの研究者として過去の地球へ赴きコスモカプセルを調査しようとしていたこと、
トラブルで1960年に不時着、宗二郎との交流の中で次第に地球を守ることを決意し、未来へ戻り仲間を集めた後に2005年に必ず戻ることを約束。
サラっと流しているが、元々敵側の関係者であることが語られている。
もう一人仲間がコールドスリープしていたようだが、これは果たしてどうなるか・・・。


安藤家の面々も、拓人に厳しく接する宗二郎をはじめ
優しく育てていた俊作と春子、拓人の妹で小生意気な由衣などそれぞれに人物像はしっかり描かれている。
安藤家は宗二郎を軸に回っているようでもあり、それは拓人の父・俊作が宗二郎に反発して自分ひとりで修理工場を作ったり
イギリスへ単身渡りF1マシンのエンジニアになったあたりでも伺えるし
拓人自身もまた、セイザーXとして未来の仲間と戦うことを小さなころから宗二郎に聞かされていた一方で
その宗二郎自身が、拓人にとっては越えるべき存在、父性であったことが描かれていた。

春子がそんな宗二郎とは対極的な存在で、常に優しく見守っている点は大きい。
シリアスになり過ぎず、しかしさりげなく拓人たちを案じている春子。

ここまで見ると、前作ジャスティライザーの伊達源太郎を思い出す人も居るかもしれない。
あちらも翔太たちに時に厳しく、時に優しく見守る存在として機能していたのだが
今作においては祖父と母に役割を分散することで、より家庭的な側面が強調されている。
勿論、妹の存在もその雰囲気を後押ししてもいるのだが
さらに単身赴任している父が、将来拓人が目指す場所への道標となっている点も興味深い。

実はこの「ヒーローを見守る家族」という要素はジャスティライザーから継承されているが
今作でのコナミによる商品展開の「ムギュッ!と愛情」にも通じている要素でもある。


【ストーリーの要・コスモカプセル】

本作では最後まで関わるアイテムとして「コスモカプセル」がある。
グランセイザーの水晶板、ジャスティライザーのジャスティクリスタル&ライザーストーン以上に
ストーリーに密接に関わっているこのアイテムの争奪戦が、ストーリーの大きな柱となる。
本作が評価の高い一因も、このコスモカプセルによるストーリーラインの存在がある。

グランセイザーでは本当に終盤にならないとそのストーリーの真価が発揮されない
・・・というより、中盤までがほぼ行き当たりばったり感が強かった  つまり構成上で最後に至るまでの積み重ねが殆ど出来てない。
更にジャスティライザーは論外であったことを考えれば、今作セイザーXはアイテム頼りという問題はあるといえ
一応ストーリーラインが最初から提示されている点は、前二作から明確に進歩した点と言っていい。

しかしこのコスモカプセル自体もただ単に願いをかなえるというドラゴンボール的アイテムというだけではなく、
たとえ一つでも何かしら強力なエネルギーを持っていることは第六話などでも描かれている通り。
これの争奪戦がストーリーラインになっているおかげで、ドラマ面も多種多様に取り揃えられることとなり
第九話や第五話など出色の回が最初から登場している。

12個あるということで、最初から長期戦が想定できる為ヘタすれば長ったらしくなる可能性もあるが
それをそうと感じさせない描き方をしているのは、演出家や脚本家の工夫の賜物だろう。
前作の、たかが8枚しかないステラプレート編が凄く冗長に感じられたのとは対照的である。
あっちのほうが話数は短いのに・・・。


【宇宙海賊デスカル】

今作においては最後まで登場することになる三将軍。
彼らのパーソナリティもまた、このシリーズでしっかり提示された。

ガサツな暴れん坊だが憎めないキャラクターを持つブレアード
策略家の側面はあるが、極端に冷酷でもなくむしろ可愛らしい所のあるアクアル
発明家であり、戦闘は不向きでナヨナヨした感じもあるサイクリード

特にブレアードは、自身がどういう生まれかわからずに宇宙海賊になったことで
バーダー船長を父として、神として崇めていたという話が九話から語られており
そのバーダー船長が落雷のショックでロボットであったことが描かれる十話以降は
個人的な目標として、拓人との決着を付けるために戦うことを決心するなど
彼もまた、拓人の持つテーマ・・・ 「拘っていた人物からの別離と自立」を持つものとして
今後も拓人と関わっていくこととなる。

第十話終盤で、一旦拾ったコスモカプセルをライオに投げ渡してしまったくだりは
彼自身、バーダーのためにカプセル探しをしていたという拘りをも捨て去ると同時に
拓人との戦いに自分の存在意義を見出した事を明示しており、いいシーンだ。


そしてデスカル自体は2500年でセイザーXが戦っていた敵・ネオデスカルの先祖であることが
グローザの登場で暗示されている。
彼女の言う「あなたたちが必ず勝つことを知っている」という言葉がまさに象徴しているのだが・・・。


今作の三将軍だけを見ると、前二作と比較しても非常に敵としては魅力的であり
またキャラクターも立っていることが目を引く。
このへんは、林民夫をはじめとした文芸スタッフ間で設定やキャラクター造形での取りまとめがしっかり出来ているのだろうか。

ただし、倒さないといけない敵としての意味合いが少なくとも観ている側からするとちょっと弱い気もする。
これは本作特有のコミカルな描写の多さが一因でもあるが、未来から来たレミーたちからすれば
コスモカプセルを先んじて手に入れればいいという当初の目的があったことと、
十二話になってアドが「あいつらさえ倒せば未来は変わる」と言いだすあたりも原因だろう。
それでも、前二作と比べたらまだマシではある。
何せ三将軍もまた、地球制圧のためにコスモカプセルを狙っていたのだから。


【特撮は再度、工夫が見られるようになる】

前作ジャスティライザーでは、ミニチュアの構成変化などで工夫をこらした市街地戦などがあったが
その代わり、見せ方としてはわりと単調なきらいはあった。

今作はグランセイザーのように、ヒーローが三戦艦にそれぞれ乗って操縦する形となったために
映像側でも久しぶりに工夫を凝らそうという部分が見られるようになった。
十話のグラプター戦での、ビルの間をすり抜けるアドルイーグルや
同じくグラプターに上にのられ嘴で突っつかれるアドルイーグルなどは前二作にはなかった戦闘。
さらに二話の、二面作戦の中で巨大戦がヒーロー側に影響を及ぼすなどといった
前作でも見られたシチュエーションにもさらにヒネリを加えていることも好印象だ。

そして今作で初めて本格導入された宇宙戦が更に特撮の注目度をあげている。
初の宇宙戦は四話。それ以外だと今シリーズなら十二話になるが
特に四話は月面での戦いということで、やや地味なセットだがシチュエーションの拡がりを見せてくれた回として記憶していいだろう。

個人的に巨大戦でオススメできる回は二話、四話、十話。
十二話も悪くないといえば悪くないがややコミカル過ぎるかもしれない。

VFXやCG、合成の面も相変わらずの高いクオリティをキープしているものの
やはりカットによっては手を抜いているものもあるため、決して全部が全部薦められるものでもない。
合成において特に苦手としているのが海関係なのは、グランセイザーからの伝統になってしまっているようだ。
#もっとも特撮作品においては「水モノは鬼門」という評価も時折聞く話ではある。
東宝は特に、ジャスティライザーまでは名物・大プールを使った特撮シーンをウリの一つとしていたので
他社作品との差別化としてはいい一手ではあるものの・・・。


【コミカルさを前面に出した作風】

総評のほうが相応しい気もするが、一応こちらでも少し述べる。
前二作と比べると目に付くのがコミカルタッチの作劇。
確かにシリアスなストーリーが根底に流れているとはいえ、キャラクターたちをはじめ
コスモカプセル争奪の中での各人のやりとりなど、全面的にコントや漫才、喜劇、そして落語のエッセンスが多くちりばめられている。

林民夫回は、とにかく矢継ぎ早に拓人の突っ込みが入る展開が多く、関東の芸人的テイストが強い。
お笑いコンビで言うとナイツの漫才のような突っ込みとボケの乱打であるが、
どうやら突っ込みキャラとして拓人を動かしているようだ。

一方の河田秀二回は、突っ込みキャラがほぼ居ない状態で淡々と、しかしふつふつと可笑しな展開になっていっている。
第五話が判りやすいが、シュールな展開の笑いが多い。
ブレアードのバカっぽさが出てきたのが河田回以降であることに注目してみると面白いかもしれない。
ちなみに林氏は関東、河田氏は関西の出身である。

表面的にはユルい空気の漂う今作だが、一応未来の存亡をかけたストーリーが展開もされており
そのストーリーを食いすぎない程度にコミカルさが前に出ている点は面白い。
十一話などはどちらかと言えば拓人のドラマが前に出た回だが、一見コミカルながら
俊作と宗二郎の邂逅、新しい敵・グローザの登場とルーエ星の危機など
ちゃんとドラマ面、ストーリー面も動かしている回が多いことが林民夫回の特徴である。
まあ、これがシリーズ構成を担当している人の本来の仕事だとは思うが。
#グランセイザーのシリーズ構成・大川俊道やジャスティライザーでメイン脚本だった稲葉一広の
#それぞれの作品における仕事を考えると雲泥の差といえる。


演出の部分でも、そんなコミカルな話を更に助長するかのような画が多く見られ
今作から参加の市野監督や、前作から続投している米田監督、更に三作続けてメガホンを執った池田監督など
それぞれキャリアと年季が違う面子が、それぞれの見せ方で本作のコミカルな部分を演出しており
描写においてこの監督はここが違う、というのがまだ見出せないにせよ、演出面に注目して観るのもいいだろう。


【中間総評として】

一番密度の濃い初期シリーズ、というのが個人的な中間総評。


ただし私見では、コミカルな部分が前面に出た弊害で興味を殺がれた視聴者が居ても不思議じゃないという気もした。
そこで観ないのはもったいない、とまでは言わないが・・・。
ヒーロー物オタク以外の視聴者からすれば、当時の競合他社作品との比較にさらされてしまうと
セイザーX初期回のコミカル風味という路線はどうしてもワリを食うのは否めないし、それは視聴率にも現われているようでもある。

もっとも、次シリーズ以降はコミカルな部分が徐々に後退していくため
本作の評価も徐々に上向いていくのが見えていくことも注目に値する。